「ここよ」
そう言って、幼馴染の副官をつとめる彼女に連れてこられたのは、一軒の店
「『星迎え』?」
「そう、今私が一番気に入ってる呉服問屋」
引き戸をガラリと開けて、彼女は入っていく
桃も慌てて乱菊のあとをついていった
『星迎え』
「いらっしゃいませ。あれ、乱菊さんじゃないですか。お久しぶりですね」
店の奥から出てきたのは栗色の長い髪を流したままの可愛らしい女性
「最近忙しくってさぁ、全然休みが取れなかったのよ。あっ、この子同僚の雛森」
乱菊の紹介でぺこりと頭を下げた
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、ご贔屓にお願いしますね。ああ、店主を呼んできますから、少し待っててください」
にっこりと笑ったあと、ぱたぱたと奥に駆けていく
「すごくたくさんありますね」
回りをみて桃が感動しながら言った
店の中には沢山の着物や浴衣が置いてあり、それらも全部きれいに整頓されている
埃もまったくなく、清潔にされていることが分かる
「でしょう。値段も結構安くてね。まぁ、高いのも中にはあるんだけど、割り引いてくれることもあるのよ」
「割り引くのは、乱菊さんのような、常連の方達だけですよ」
そこに割って入ってきたのは、落ち着いた若い声
「お待たせいたしました」
眼鏡をかけた青年が、微笑んでお辞儀をした
「久しぶりね、店主。元気そうじゃない」
「乱菊さんもお変わりなさそうで良かったです。今日はどういったご用件で?」
「今日は、雛森のを見立てて欲しくて」
店主と呼ばれた青年は、桃の方に視線を移し、軽く会釈したので、桃も頭を下げた
「ひ、雛森桃です。よろしくお願いいたします」
「『星迎え』の店主です。こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、用途はお決まりでしょうか?」
彼の言葉に、桃は首をかしげる
そんな桃に説明をしたのは、先ほど店主を呼びにいった女性
「使い道って意味です。普段使われるような着物から、乱菊さんのような舞踊用まで、使う方によって代わりますから」
「そうなんですか。えと、今度の夏祭りに着て行きたくて探しているんです」
「分かりました。娘、サイズ頼むね」
指示を出し、出された女性は頷くと、桃の腕をとる
「こっちへどうぞ」
「あっ、はい」
にっこりと可愛らしく笑う彼女につれられて、桃は別室へと移動した
「『星迎え』って知ってます?」
唐突に聞かれた桃は、首を傾げた
「ここの名前ですか?」
それを聞いた女性はあはは、と笑う
「それだけなら、そう答えますよね。『星迎え』って言うのは、七夕に織姫が彦星を迎えることをいうんですよ」
「知らなかった」
素直に感心する桃に、女性は続ける
「だから、ここに来られたお客様に、良い人が見つかりますように、っていう意味が込められているんです」
桃さんも良い人見つけてくださいね、と言われた桃は、自隊の隊長を思い出し赤くなる
その反応を彼女は見逃さなかった
「あれ、もしかして、良い人いるんですか? じゃあ、余計良いの選ばないと」
そういってにこりと笑う顔は同姓から見ても、可愛らしく写る
「あの」
メジャーを持ってサイズを測っている女性に、桃はおずおずと話しかけた
「はい?」
人懐っこそうに笑う彼女に、桃は勇気付けられ聞く
「お名前、聞いてもいいですか?」
乱菊と仲もよさそうで、可愛らしい彼女と桃は友達になりたいと思ったのだ
桃の言葉に女性はきょとん、とした後誰もが振り返るような笑顔で笑って言った
「娘です」
「……へっ?」
返ってきた言葉に桃は素っ頓狂な声を上げてしまう
「看板娘だと長いから略して娘」
それに構わず娘はサイズを紙に書き込みながらも続ける
「この店は皆そうです。店主、娘、店員、丁稚。皆役職でお互いを呼んでいるんです」
「なんでですか?」
「なんででしょう? でも、それがこの店の決まりなんですよ。はい、終わりました」
お疲れ様です、と笑う娘に暗い影は一つもなかった
出された浴衣と生地の数々を見て、桃は素直にすごいと思った
黒い生地に桜柄、黄色から橙色へのグラデーション、桃色の生地に蝶の柄などなど
かわいい柄から、綺麗な柄まで沢山あって、桃は悩む
「思い切って、黒の生地に桜、白い蝶のこちらとかどうでしょうか? 大人っぽくなりますよ」
店主が出してきた生地を見て、桃はう〜んと唸る
大人っぽ過ぎやしないだろうか
「店主のおすすめは?」
見かねた乱菊が店主に尋ねる
「これですね」
示したのは桃色の生地に白い桜、そして紺色の蝶が舞っていた
「桃色などのふんわりとした色合いがお似合いですね。それから蝶が引き立てますので、しっかりしたイメージができます」
「……可愛い」
「お気に召しましたか?」
「はい」
頷いた桃に店主は満足そうに頷くと、生地を娘に手渡す
「これでお作りいたしますね」
「えっと」
「どうかしましたか?」
口ごもる桃に娘が尋ねた
「作る、んですか?」
心配そうに聞いた桃に乱菊がああ、と声を上げる
「ここは急ぎじゃない限り、基本的に作ってくれるのよ」
「そうなんですか?」
桃の疑問に店主が答えた
「ええ、やはりその人自身に合わせたほうが似合いますから」
「持ち合わせがない場合は貸してくれるの。でも、貸す人のも作っちゃうから、一応その人のための貸し着物になちゃうけどね」
乱菊は面白そうに語る
「じゃあ、よろしくお願いします」
桃は頭をさげた
「承りました」
二人も頭を下げた
店内を見ていた乱菊は、桃の顔を見て首を傾げる
「雛森、どうかしたの?」
「乱菊さん」
じつは、と桃は先ほどの名前の話をする
「そうよね。私も初めて聞いたときは驚いたわ。でも、どれだけ聞いても教えてくれないのよ」
「決まりって言ってましたけど、なんだか寂しいですよね」
「寂しい?」
「寂しくないですか? なんだか拒絶されているようで」
「そういえばそうよね。ねぇ、店主」
測ったサイズを元に娘に指示をだしていた店主は、乱菊の声に振り向いた
「なんでしょう?」
乱菊は男なら落ちないはずはない魅惑的な微笑を浮かべて囁くように聞いた
「名前、教えて?」
「店主です」
乱菊に負けず劣らず笑ったまま店主はきっぱりと言い切る
ちっ、と乱菊から聞こえたのは気のせいだろうか、否、気のせいだと思いたい
「なんで教えてくれないのよ」
乱菊は頬を膨らます
娘が苦笑しながら答えた
「それが決まりですから」
「だから、誰が決めたのよ!!」
両手を腰にあてて、仁王立ちしたまま乱菊は娘に詰め寄る
「店主はともかく、あたしはあんたの名前が知りたいのよ!! そうじゃなきゃ、呑みに誘うことすら出来ないじゃない」
「呑みに、ですか?」
詰め寄られて後ずさっていた娘が小首を傾げた
「そう、呑みに!! 誘おうとしても、名前知らないから誘いにくいし、何より、呑んでるときにまで役職名なんて冗談じゃないわ」
「わぁ、嬉しい!! そんなふうに思っててくれたなんて、でも」
ごめんなさい、と娘は瞳を伏せる
桃は初めて娘が悲しそうにしたのをみた
それは乱菊も同じらしく、眉を寄せている
しばしの沈黙を破ったのは、成り行きを見ていた店主だった
「……わたし達は、ずっとここにいることは出来ません。ここで店を開いているのも、ある人の好意あってこそ」
眼鏡を軽く押し上げて、乱菊をまっすぐに見た
「いつか転生の時が来るのです。ここからいなくなるときが来る」
「置いていくのも、置いていかれるのも、つらい。親しければ親しいだけ別れがつらくなる」
「だからこそ、わたし達は名前を封印しました」
「……あんたたち」
乱菊が何かを言いかけたが、娘が首を振って制止する
ふわりと優しい笑みを湛えた
「そこまで言ってくださるなんて思いませんでした。ありがとうございます」
「馬鹿じゃないの」
「そうかもしれません」
「あたしは、ここが一番気に入ってんの」
「ありがとうございます」
「長くいなきゃ、許さないんだから」
「胆に命じておきますね」
寂しそうに、でも、嬉しそうに笑った
――――――
あれ? こんな話にするつもりじゃなかったのに
ああ、ノリだけで書くからこうなるんだ
否、今回はちゃんと下書きしたのに、かなり無視した
なんでだろう?
これから、拍手に続いたり(また、それですか?)
だって、最初に拍手にした話の対があるから、それも拍手に載せたら、設定がぐしゃぐしゃになっちゃって、だからこっちを書いたんだもん
う〜ん。番外編ばっかり思いつくのはどうにかならないものか?
h20/3/2