――ウェコムンド
そこは虚の国。
毎日のように滅ぼし、滅ぼされるものの争いが起こる。
けれどここ数日いつもと違う争いが発生していた。

多数の虚に小さな影がひとつ。
そしてまたひとつ、虚が消える。
数では勝っているはずなのに、多くの虚は怯え、『彼』から離れようと身を翻す。
『逃がすと思ってんのか?』
二重に声が響き、目の前に『彼』
声を上げる暇もなく、またひとつ虚が消された。


キィィン、と金属質の音がして刀と刀がぶつかり合う。
『彼』は面白そうな顔をして現れた女を見た。
背筋に寒気が走る。
「ハリベル」
呼ばれた声に振り返ることなく返事を返す。
振り返ればやられてしまうことはわかっていたから。
「ネリエル、離れていろ」
めずらしく硬い声のハリベルにネリエルは黙ったまま下がる。
『いいんだぜ、二人でかかってきても』
挑発するように『彼』は哂う。
「お前は何が目的だ」
「何のために殺していいるの?」
『くだらねえ質問だな』
哂ったまま『彼』は刀をはじく。
「くだらないって……。進化するつもりがなく殺戮を繰り返すなら無意味だわ」
『無意味? 確かに進化したいと思わねえならこの殺しは無意味だ。けどな、俺はお前たちとは違う』
「同じ虚だ、何が違う?」
ハリベルが霊圧を上げる。今の『彼』では勝てる見込みはないくらいに。
だが怯えることなく哂う『彼』に二人の背筋に寒気が上る。
――危険だ。
そう本能が告げている。
『殺るのか、殺らねえのか、どっちだ!!』
ぶわり、と霊圧が『彼』から放たれ、ネリエルは思わず顔を腕でかばう。
「ネリエル!!」
ハリベルの悲鳴のような声が聞こえ、第六感が避けるように伝えるが、同時に間に合わないことも悟った。
「やめろ」
迫りくる衝撃に備えたが、そのとき響いた声に『彼』が反応した。
吹き荒れていた霊圧の渦が収まる。
ネリエルの首には刀とは言いがたい大きな斬魄刀。冷や汗が背筋に流れた。
『邪魔すんなよ一護』
「目的以外の虚に手ぇ出すなっつったろ」
『こいつらが喧嘩売って――』
「  」
ちっ、と舌打ちとともに刃が引かれ、ネリエルはおもわず膝をつく。
「ネリエル、大丈夫か?」
「え、ええ」
ハリベルが駆け寄ってきて支えてくれ、それにすがって、視線を『彼』を止めた人物にむける。
思わず息を飲んだ。
この色のないどこまでも荒んだ世界。そのなかで輝く異質な色。
現世の太陽を思わせるその橙色に目を奪われた。
『彼』と同じ顔、同じ体格、否、目の前の眩しい彼から色を抜いたのが『彼』だと思わせるまで同じ二人。
その彼が琥珀色の視線をこちらにむける。
「怪我、ねえか?」
問いかけられたその声音も『彼』とは違い、心にゆっくりとしみてくる。
「お前は何者だ?」
「死神」
問いかけ返したハリベルに、彼はためらいもなく答えた。
そこで二人は彼が死覇装をまとっていることに気づく。
それさえも気づかぬほど、緊張し張り詰めた空気だったのだ。
とっさに刀に手をかけようとしたハリベルの喉元に、刃が皮膚一枚を残して止まる。
「  !!」
『一護は黙ってろ!!』
そして『彼』は一つだけ忠告してやるよ、と目をひたりとむけた
『一護に手ぇ出すんなら、殺す』
迷いなく向けられた殺気に本能が警鐘を鳴らす。
「上の命令で言われている虚を倒すまで戻ってくるな、って言われてんだ」
だからごめん、と言った彼は同じ顔の少年を伴って消える。
その場には二人の霊圧だけが残されて、けれど死神の名前は覚えていても、同胞の名前はどうしても思い出せなかった。

「ごめん。仲間を殺させて」
『あんなの仲間じゃねえ。それよりお前のほうが大切だ』
「ありがとう」

血に塗れても譲れないものがある








ほんとうは、もっと知り合いになる予定だったのに……。
h20/8/30