唐突にそれは訪れた
「あ……あ…あああああ!!」
悲鳴が世界に木霊する。
主の精神に影響されるこの世界は嵐。風も雨も全てを巻き込んだ大嵐だった。
驚いて彼のいる世界へと飛び出すと唯一無二の王が頭を抑えたまま呻いていた。
「王!! どうした、一護!!」
「こ……あたまあっ」
苦しそうな声のままこちらを見上げてきた王の額には玉のような汗が浮かんでいる。
顔をみるなりくずおれた体を支えると、しがみつかれた。
王の爪が掴まれた腕に喰い込み血がにじむ。
紅い血に顔をしかめるが、今はそれどころではない。
「一護!! しっかりしろ!!」
何度も名前を呼ぶと少しずつ手から力が抜けていく。
それからまた少し時間がたつと彼は意識を失った。
精神が一番安全な、自身の世界に戻ったのだと気づくと、彼の体が安全だと確認すると――といってもここは彼が作った修練場だから誰も来ることはない――自分も彼の世界へと戻った。
「何があった」
縦横でたらめな石が並ぶ世界、その一角で王は空を見上げている。
声をかけるとゆっくりと振り返り、視線を下に下げた。
「……ごめん」
その謝罪がどこに向いているのか、彼が一瞬視線をやった場所をさすり、血をぬぐう。
気にするな、とでもいうように乱雑に。
「大丈夫だ。それより質問の答え」
「……」
「一護」
答えようとしない主におもわず静かな声に怒気をこもらせる。
この王は自分の中に溜め込む癖がある。
昔の自分ならその考えは簡単に読むことが出来たのだが、もう一人の自分としてではなく、彼個人として扱われるようになってからは簡単な起伏感情しか分からなくなってしまった。
よって何故彼があれほどの悲鳴をあげ、倒れたのかまったく分からない。
分かるのは彼自身も困惑しているということ。
「……なぁ」
「なんだ」
しばらくして消え入りそうな声で呼ばれた。
なぜか胸騒ぎがした。けれどそれをねじ伏せて彼の言葉を待つ。
一護は悲しそうな、泣きそうな顔をしている。
「      」
短くもなく、長くもない言葉が終わる。
吹くはずがない風があたりに舞う。
信じられない言葉が彼の口から出て、思考が一瞬停止した。
「は、ぁ? な、んだよ。それ」
信じられなくて、手を伸ばす。一護は嫌がるそぶりを見せたがかまわない。
そのまま一護と己の額をつき合わせ――。
「っ!!」
見えた映像に反射的に飛びのいた。
頭の中で映像が踊る。
「……マジかよ」
一護は悲しそうに頷く。
今も必死で耐えているのだろう、瞳は今にもこぼれそうなしずくが溜まっている。
「……笑えるな。あいつらがやってきたこと、全てが裏目に出てる」
笑えるといっていながら、声は震えているのがわかる。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
呪いの言葉を愚かな世界に吐き出したい。
そして住民も大きな世界に手のひらで転がされているのに気づかない。
「何が正義だ。何がこの世界のためだ。この世界に」
正義なんてありえない、正義などありはしない。
たとえあったとしても、そんなもの何の役にも立っていない。


正義の在り処など、しりたくもなく




h20/8/18
「ここには祈りさえ〜」につづく