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「では、話してもらおうか」
綺麗に片付けられた四十六室の部屋。
その中央に罪人が三人。逃げられぬように戒められている。
その周りを囲むように護廷十三隊の隊長、副隊長、他、この戦いに深く関わった者たちが臨席していた。
正面には一番隊隊長。その反対側に破面と今回の騒動を終結させた二人の青年。


「改めまして、初めまして。俺の名前は黒崎一護」
「黒崎、だって」
その言葉に逸早く反応したのは朽木ルキア。
ルキアは一護の苗字を聞いて、傍らの少女を振り返った。
黒崎夏梨。
ルキアから死神の力を貰い、ルキアを助けるためにこの世界へとやってきた少女。
「何か、関係あるのか?」
朽木白哉が問う。
「時は数百年前に遡る」




「黒崎家はこの世界でも有数の貴族だった。
その中で俺は当主の嫡子として生まれたのさ」
一護の声は静かに広間に響き渡る。
凛として、それでも確かに存在感を持つその声に、誰もが口を開くことをしなかった。
一護は黒崎の次期当主として産まれた。
歴代の当主の中でも一際強い力を持ち、その面倒見のよさからも、いい当主になると信じられていた。
あの事件が起こるまでは。
「強い力を持っていた俺の中に、虚が産まれた。それがコイツだ」
一護は虚白を指差した。
「内なる虚は時たま力を持ちすぎた死神の力を引っ張られ、産まれる。そして死神本人を乗っ取ろうと表に出てくるんだ。当時の俺は、それと戦う日々を過ごしていた。けれど、それを四十六室に知られた」
知られてはならなかった。知られれば一族もろとも即刻処分。それだけはまぬがなければならなかった。
だから、見つかったときに一護は請うた。俺に出来ることならばなんでもする、だから一族を助けてくれ、と。
「四十六室は、一族の処分の代わりに現世へ追放した。俺は四十六室の指示した虚を始末する密命を受けた。こいつらとは、その時ウェコムンドで出会った破面たちだ。虚の中でも自我が強く、理性を持った虚たち。虚白との戦いがようやく終わったころだった」
消えるこいつを引き止めたのは俺。護るべき一族を失って、生きる意味が見えなかった時、琥珀と戦っているときだけ、生きている実感が湧いた。だから消える虚白を引き止めたのだ。一人にするな、と。
それがこの世界の思惑だと誰も知らないで。



『一護は俺を留めた。それはこの世界にとって、王になる条件だったのさ』
「王になる条件?」
ルキアが分からないと眉を潜めた。 『そう、王になるには膨大な力が必要。そしてそれに対応できるだけの精神力も必要。さっきの藍染見ただろ? 王はこの世界の秩序。今までの記憶と今起こっている出来事の情報が一気になだれ込むのさ。それを防ぐのが内なる虚の俺』
内なる虚はもう一人の己。精神が冒されても、もう一人の自分がいる限り、死ぬことはないのだ。
「王になる条件を四十六室は知らなかった。だから俺は王に選ばれたと知ったとき、一つの賭けに出たんだ」
歴代の王は内なる虚とともに王になった。内なる世界でもう一人の己に精神を護ってもらいながら新たな王を待って長い時を行き続けた。
虚白はもう一人の俺。歴代の王と同じように、共に世界から存在を消える存在だった。
だから一護は虚白に俺になれと言った。
虚白がいる限り、一護は死なない。
――生きて、外と繋がっている限り、俺の希望は費えない
そう言われれば琥珀に否やはいえなくて、琥珀と一護は別れたのだ。
「そして今、ようやく俺は外に出た」
隣の虚白を見上げて、夏梨を見て、笑う。
「ちょっと待て、お前黒崎の一族は追放されたって」
ルキアの言葉に一護は頷く。
「そう、夏梨は一族が現世に追放されてからのち生まれた俺の妹」
誰もが驚きで口を閉ざした。
『一護』
小さく呟いた虚白は一護の肩に手を置く。
「大丈夫、少し疲れただけだから」
眉を潜めた虚白は広間を見渡した。
「ハリベル」
それまで黙っていた破面たちが一護の言葉に反応する。
「なんだ」
「ウェコムンドを頼む。これ以上争いは見たくない。ウルキオラ、グリムジョー、お前たちも分かってくれ」
「一護」
虚白と同じように心配げな顔をしたハリベルが神妙に頷いた。
「馬鹿だな、破面を従えたお前が言うなら、俺たちは逆らわないっての」
グリムジョーは笑ってみせる。
それにウルキオラも同意した。
「ウェコムンドで生活する虚でお前に従わないものはいない。現世に行った虚までは統括できないが、お前が生きている限りそれは約束しよう」
優しげな顔をした破面たちに一護は破願する。
「ありがとう」
その言葉と共に、一護の体は傾いで消えた。



一護、と内なる世界で琥珀は一護を呼んだ。
うとうとしながらも意識を保っていた一護が僅かに目をあける。
「皆は?」
『大丈夫。お前が心配するようなことにはならなかったさ』
と虚白は安心させるような声を出した。
『藍染たちはあいつらに任せてよかったのか?』
「ああ。藍染の戦意は喪失している。俺じゃなくても大丈夫だろう」
『お前が出るようなことにならなきゃ俺はいい』
ようやく会えたのだ。今はゆっくりしたい。
『お前こそ大丈夫か?』
虚白の問に、一護は目を細めて微笑んだ。
「ああ。以前とは違って世界に捕らわれているわけじゃない。少し眠れば回復するさ」
そうか、とそこで虚白はほっと息を吐いた。
ようやく、ようやくだ。
この世界に王が帰ってきた。
『お帰り、俺だけの王』
眠ってしまった一護の前髪をそっと除けながら、虚白も目を閉じた。
まだやらねばならないことはたくさんあるけれど、今はただ休みたい。


王の願いは、『王』の要らない世界をつくること――



つかの間の休息、ふたりきり

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