「正義のありどころなど〜」の続き
「正義なんてありえない」
そう哂ったあと、一護に手を伸ばす。
一護は怪訝そうな顔をしたが、伸ばされた先、頬に触れられると意味を理解したのか逃げようと身をよじった。
「嫌だ」
「逃げるな」
「でも……」
「でもじゃない。一人で抱え込むんじゃねえ」
分けろ。
右手で頬を捉え、左手で細い腰を支える。目を閉じて額をあわせると同時に頭に映像が流れ始めた。
「……くっ!!」
許容範囲を超える映像が痛みを伴い蝕む。
王が悲鳴を上げるほどの膨大な量。
ただの人なら発狂するほどの。
けれど先ほどのように身を引くことはしなかった。
映像は相変わらず流れるが、ある程度のところで痛みは治まる。
慣れたのだろうか。否、回りの感覚が麻痺しているのだ。
「大丈夫?」
心配そうな声で顔を覗き込まれる。
体中は汗だくで息が上がっている。
「……あっ、ああ」
らしくない声が一護をさらに心配させた。
「無茶なこ「無茶じゃねえ」
泣きそうな声で言葉を紡ぐから、無理やりとめる。
「お前は俺の王だ」
そう、彼は自分の王だ。誰よりも何よりも優先するべき唯一無二の王。
その王のためなら、かまわない。
暗に含めた意味を察したのか、王はわずかに笑みを見せた。
「ありがとう。お前がいてくれてよかった」
けれどその声は震えている。
――俺がいたから
そう思っている王の声が聞こえてくるようで、その自分と変わらないはずの、自分より華奢な体を抱きしめた。
相変わらず映像は流れ込んでくる。それでも王が受ける痛みに比べればわずかな痛みだろう。
「俺は、俺はお前がいて後悔したことは一度もねえ。だから」
だから自分を卑下するな。
王は腕の中で体をこわばらせる。
今は個々として扱っていても、所詮自分たちは同一人物。だからこそ、彼は自分を卑下できない。
自らを卑下することは、俺を卑下することと同等だと知っている。
「俺は、お前がいるからここにいる。それを忘れるな」
「……ご、めん」
わずかな、ほんのわずかな声が耳に届く。
震える体を抱きしめて、自分たち以外を拒絶する。
「そばにいるから。ずっとお前のそばにいる。だから一人で抱え込むな」
これからを思うとこの世界を壊したくなる衝動に駆られるが、それを許す王ではない。
一族の決断をつけたときのように、決断を迫られている。
だけど今は、今だけは二人で。
ここには祈りさえ存在しないけれど
二人なら乗り越えられると信じている。
h20/8/18