――なんて世界はくだらないんだ。
「一護ちゃん、三席になるんやって? おめでとさん」
「ありがとうございます市丸隊長、またサボリですか?」
「さぼりちゃうんよ、副官の教育のために仕事をやらせてあげたんや」
独特な口調、狐目の三番隊隊長はいつものように飄々と嘘をくちにする。
――くだらねぇ
「一護君、うちの隊長見なかった?」
「吉良副隊長。市丸隊長ならここに、ってあれ?」
前方から歩いてきた三番隊副隊長の問いに答えようと後ろを振り返ると、さっきまでいたサボリ魔がいなかった。
「……さっきまでいたんですけど」
「また逃げたんですね」
そう申し訳なさそうに言うと、吉良がため息をついた。
「そういや三席に昇格するとか。おめでとう」
「ありがとうございます。ってかなんで高だか三席の昇格を知ってるんです?」
「高だか三席っていうけど、それが一番隊だったら話は別じゃないかな」
一番隊は特別だから、と吉良は笑う。
「それだけじゃないよ」
その声に振り返ると、総隊長の愛弟子といわれている二人の隊長がいた。
「一護の三席昇格は四十六室直々の命令だったというじゃないか」
「京楽隊長、浮竹隊長」
「直々っていうのが珍しいよね。そうそう、今から副隊長も交えての隊首会だってさ」
「今からですか?」
「ああ、一護もだと」
その言葉に眉間に皺が寄る。
――誰が行くかよ
「分かりました」
思いとは裏腹に言葉は紡がれる。
――仕方がない、俺はアイツではないのだから
「一番隊隊員黒崎一護、一番隊三席に任ずる」
「ありがとうございます」
総隊長の言葉にどこからともなくおめでとう、と声がかかる。
「ところで総隊長。どうして三席の昇格をここで任じるのです?」
五番隊の隊長が言葉を挟む。
それに多くの者が頷いた。
総隊長は皆の反応を見て頷く。
「うむ。一護」
「はい」
「四十六室からそなたが討伐した虚のリストが共に送られてきた」
「……」
「どういうことです?」
誰かが口を挟む。
「一番隊として討伐した数を遙かに超えておる。隊員としての力量も。今まで隠しておったのか?」
「隠してなんていませんよ。ただ、四十六室からの指令に応えることそれが私に与えられた一つの命です」
――扱え切れない俺たちを自らの力を使わずに、道具として葬り去ろうとする連中の、な
心の中で哂う。
「命?」
十番隊の隊長が訝しげに復唱する。
「……一番、四番、七番、及び十三番隊隊長にお聞きします。昔私が暴走したことを覚えていらっしゃいますか?」
「一護ちゃんの暴走……。僕たちが君と知り合うきっかけになった事件だね」
「ええ」
頷く一護と話が見えない隊長副隊長陣。十三番隊の隊長が話を付け加える。
「虚がでた場所で、霊圧が暴走して多くの隊員が負傷した」
「だからどうだという」
六番隊の隊長がいらだったように眉間にしわを寄せる。
「あのときの霊圧は今の私の霊圧よりも強かった。総隊長は潜在能力が一時的に表にでたのだろうと、仰いましたが、実はそうではありません」
――もとから霊圧はここにいる誰よりも強いからな
そう思った真実は言わずに用意されていた仮の言葉を口にする。否、これも真実だったりするのだ。愚かな四十六室には。
「暴走。器よりも高い霊圧が溢れる現象は昔からありました。暴走すると四十六室でも手が焼ける。そしてその被害を抑えるために、私はこの護廷十三隊に入れられたのです」
それは低のいい牢獄。
――鎖を繋いだまま外に出し、仕事をこなさせる。暴走すれば他の隊員や隠密機動に捕らえられ、下手をすれば殺される。平隊員だったのはいきなり暴走したとき、上位席官を失うのを恐れたため。
「戦うことで霊圧の制御を覚え、器をも鍛える。そのために四十六室からの単独命令をうけていました」
それが一族を救う手段だといわれた。しかし一族を身代わりにして助けたつもりが、四十六室の策に嵌っていたのだ。
それを知ったのは、暴走の原因を抑えた数年後。
「護廷に入ってから暴走は一度だけ」
思ってもいなかったカタチで決着はついた。
「それからもう数百年たっています。四十六室はもう暴走しないと判断したのでしょう」
――それがどういうことかも分からずに、今度は使い勝手のいい駒になったと判断したってワケだ
「今回三席に任命されたのは、隊員としての力は十分だということだね」
確認するように五番隊の隊長が声をかける。
「自分ではなんとも」
そういって苦笑する。
――だって彼本人ではないのだから
「まるで英雄やね」
飄々とした声で三番隊の隊長は笑う。
「英雄、ですか?」
彼の副官が首を傾げる。
「うん。だって影ながら、僕たちも気づかんうちに虚を倒していってたんやろ、格好いいやん」
それは彼らの茶番を知らないから言える言葉。けれど彼はそれを口に出すことはない。
「そんなにすごいならみんなの目が変わるわね」
十番隊の副隊長が楽しそうに笑う。
隣では十番隊の隊長も頷いていた。
五番隊隊長が、是非虚と戦ったときの話を聞かせてくれないか、と尋ねると、彼の副官が特別講師ですね、と微笑んだ。
――くだらない。事実を知らないということはとても愚かで滑稽だ。
外に貼り付けた仮面は誰も気づくことなく、彼はそれに対しても哂う。
否、多くの面々は始めてあったときから『一護』であったのだから気づくはずはない。
『一護』が一護だと思っている。自分は彼ならこう動くだろうとしか動かないのに。
降り積もるのは彼らへの不信感、この組織への不信感、そしてこの世界への不信感。
しかし今自分を苛むものは唯一つ。
一護が望まなかったことを他の皆が望んでいる。そしてそれをやめることはできない。なぜなら、彼はたとえ自分が望まなくても皆が望めばそれを実行する性格だからだ。
彼のように行動すればせざるをえない。
この光景を見ているであろう彼への申し訳のなさ、自己への否定。
彼だけでよかったのに、それだけでよかったのに。
彼も俺も、ただ共にありたかっただけなのに、
英雄になんてなりたくなかった。
書きたかったことがうまくまとまらなかった
h20/8/30