2008年修兵誕生日小説
「先輩、誕生日おめでとうございまっす」

昼休みに顔を出した恋次は修兵に祝いの言葉を口にした。
修兵は手にしていた書類を部下に手渡すと、ちらりと視線を向ける。

「おぅ、恋次か。さんきゅ。で、プレゼントは?」
「今夜呑みにいきましょうよ」

ひらひらと手を振る後輩に修兵は眉をよせた。
毎年同じようなプレゼント。それに口を尖らせる。

「まぁたそれかよ。たまには趣向を凝らせよ」
「まぁまぁ、毎年そういいながら結局は来てくれるじゃないですか」

なだめるように持ってきた茶菓子を彼の目の前に置き、急須のお茶をからの湯飲みに入れる。ご機嫌を伺うように最終確認をとった。

「もちろん行きますよね」

何を言っても最終的には頷くと思ったのだが、意外にも彼は首を振った。

「今夜はパス」
「なんでっすか?」

心底不思議そうな恋次に修兵は呆れたような顔をする。

「お前今日は祭りだぞ。誰が祭りの日に野郎と酒呑みに行くかってんだ。お前はルキアちゃんでも誘って行かねえのかよ」

その言葉に恋次はキョトンとし、ついで納得したように声を上げた。

「なるほど。だから隊員がソワソワしてたんすね」

祭りだって忘れてました。
と笑う恋次に修兵は心底呆れ、片思い相手のルキアに同情する。
この世界でいつの間にやら定着した祭り。いつになってもこういう行事はすたれることなく人々の心をはずませる。

「お前と恋人になったコは苦労するなぁ」

もちろん誰かなんて言わないけれど。

「ってことで酒は今度誘ってくれ」

修兵はあっけらかんと笑った。





「ちわー、檜佐木っス」
「檜佐木副隊長、こんにちわ」
「あー、檜佐木君だ。丁度良いところに、誕生日おめでとう!! これ、誕生日プレゼントね」

いつものように挨拶をして技術開発局のドアを開けると顔馴染みの局員が声をかけてくれた。

「あー、覚えててくれてたんだ。サンキュ。ところで……これ何?」

プレゼントと称して渡されたそれは小瓶に入った水。否、技術開発局局員に限ってだだの水を出す訳がない。
恐る恐る聞いてみると彼女は笑顔でこう答えた。

「無味無臭の睡眠薬」
「はい?」
「数滴で30分くらいしたら眠たくなるから。大丈夫、絶対気づかない。寧ろ気付かれたら言って。気付かないモノを局員の名にかけて作ってみせる!!」

これをどうしろといっているのかなんとなく分かって、修兵は顔を引きつらせかけた。
主旨が全然違うようだが、燃えている彼女に言うのも憚られて修兵はそのまま小瓶を受け取る。

「おぅ、来たか」

聞き慣れた低い声に振り返ると、無意識に笑顔になった。

「あっ、阿近さん」
「んじゃ俺これで上がるわ」
「了解でーす」
別の局員に持っていた書類を渡して彼は白衣を脱ぎ捨てる。
局員が各々の仕事に戻って行くのを後目に、修兵と阿近は技術開発局を後にした。



「何処行くの?」

問いかけの答えは単純で一言、家、とだけ返ってきた。
この時期は忙しいから、と隊長が祝いとしてくれる休暇も返上して書類整理に励んでいた。その理由は一人でいてもつまらないから。それよりも仕事が終わって、落ち合うことのほうが何倍も楽しい。
のに、彼はそれをわかってくれないようだ。

「えー、お祭り行こうよ」

不満な答えに修兵は口を尖らせる。
ただし、昼間恋次に見せたようなモノではなくとても甘えた顔で。
いつも、面倒くさい、の一言でお祭りになんて行かないのだ、誕生日にかこつけようとしても、行かない、と拒否された。

「阿近さんの意地悪」

呟きでさえも彼の歩みを止められず、修兵は不機嫌になる。
そのまま阿近の家につき、玄関をくぐると不意に腕を引かれた。
気付いたときには修兵は阿近の腕の中で、ふわりと香ったタバコの匂いに背筋がゾワリと震える。

「誰が誕生日の副隊長と歩き回るかよ。言葉かけられすぎて時間無くなるのが落ちだろ。ならのんびりしようぜ、二人で」

鼓膜を叩く低い艶を含んだ声に身体の奥底から熱が沸きだす。
彼に丸め込まれると分かっていながら、その声に逆らえるはずもなく修兵は呆れたように笑う。

「仕方ないなあ」

俺の誕生日なんだけど、という言葉は互いの唇の中に消え、全てを溶かすような快感の波が沸き起こる。
それからはあまり意識がはっきりしていない。
ただ最後に聞いた言葉は覚えている。
一番好きな高さで、響きで、声で、最愛の人はただ一言こういった。

「誕生日おめでとう」





h20/8/14日記
h21/2/04転記