あいつ anothe.ver



俺はあいつが昔から嫌いだった。多分、それは百年たった今でも変わらない。餓鬼な感情だ、そんなことはわかりきっている。でも俺には…。


「阿近さん!!」
技局開発に入ってきてすぐ、俺のところへやってくる。
「瀞霊挺通信の最新版持ってきましたよ〜!」
ニコニコしながら俺に手渡す。俺はその冊子を手に取り、パラパラとめくった。
「いつも定期購読ありがとうございます。」
嬉しそうに俺に言ってくる。こいつはきっとわかってはいないんだろう…俺が定期購読をする理由を…。
「…修兵、お前また新しいもの始めたのか?」
パラパラとめくっていて、ふと、前号にはなかった連載を見つける。
「わかってくれた!?」
修兵は俺の方へすかさず寄ってきて、上目遣いで俺を見てくる。もし、今、修兵の体にしっぽがあったならきっと左右にブンブン揺らしてることだろう。
「また3話とかで終わんねぇようにしろよ。」
「頑張るよ!!毎回頑張ってっけど…。」
ニッと少年のように笑って「応援よろしく!」と俺の肩を叩いた。あぁ、と返事を返そうとした時…
「頑張んなきゃ…あの人に追い付けねぇもん…。」
そう、修兵が呟いた。その瞬間、俺の表情はきっと赤の他人が見ても分かるくらい不機嫌なものへと変わっていく。
 あの人…コイツの口から出てくるのは何度目だろう…それは元九番隊隊長でもねぇ…昔失った友でもねぇ…あの男だ…。
「そういえば、檜佐木副隊長の刺青って何か理由あるんですか?」
書類を持ってきたリンが修兵の頬にある69の刺青を差して聞く。
修兵はこれ?と自分の頬へ手を寄せて、一度、目を瞑って自慢げに言った。
「憧れの人がいれてたんですよ。」
「へぇ、あ!その人って死神の人なんですか?」
何も知らないリンが無邪気に問う。
 …イライラする。
いつの間にか煙草の吸うペースが早くなっている。
「実はもういないんだよね。」
「え!?そうなんですか!?すすっすみません!!!!」
リンが必死で修兵ヘ謝る。今にも泣き出しそうな勢いだ。そんなリンを見た修兵はいーの、いーの、とあどけてみせるが、手が震えている。
「でも…そこまでするってことは…。」
リンが申し訳なさそうに顔を上げて、遠慮するように言った。
「すごく尊敬してる人なんですね。」
 …リンに教えといてやろう…そのセリフを二度と俺の目の前で発してはならないと…。
「あぁ、俺はぜったいにこの刺青を入れたこと、後悔しない。」
フと優しく笑って俺が聞いたこともないようなしっかりとした声で呟いた。
 …もう限界だ…イライラする。
「リン…てめぇ仕事は終わったのか…?」
煙草を力いっぱい灰皿に潰して、俺は今まで上げたことのないような声を上げた。
リンの顔が見る見るうちに青ざめていく。
「ああああ阿近さん!?ままままだです!!」
全身震え上がったリンはそそくさと自分の机へ帰っていった。
「阿近さん…」
修兵がリンの方を心配そうに見て、俺へ声を掛けようとしたが俺はそれを無視してさっきと同じ声で修兵に言った。
「修兵、おめぇも仕事あんじゃねぇのか…?」
「あ…うん…ある…ごめんなさい…。」
俺の不機嫌さがわかったのか、修兵も走るように技局開発を去って行った。心なしか、手が震えているよな、そんな気がした…。

馬鹿な態度を、餓鬼のような態度をとってしまったとは思っている。だが、どうしても俺には腹が立って仕方がなかったんだ…。修兵があれ
ほどまで依存するなんて。俺のすべてを奪ったあいつなのに…、そして…修兵のすべてを奪っていったあいつなのに…。

「はぁ、ここまでにするか…。」
あれ以降、最低限、人との接触を果たすため俺は個室に入ってずっと仕事をしていた。ようやく落ち着いたのか、俺は時計を見て時間を確認した。もう少しで日付が変わる。俺は仕事がひと段落ついたため、そろそろ帰ろうと思い、電気を消して戸締りをした。
「はぁ…まだ、寒ぃな…。」
季節はもう夏に近付いているというのに、夜はまだ肌寒い風が吹いている。俺はさっさと帰って寝てしまおうと思い、足取りを早くした。すると、暗い闇の中に一つ、人影が見えた。
「…修兵…。」
「あ…阿近さん。」
ゆっくり壁にもたれていた体を起して、俺に近付いてきた。
「お前…何で…。」
「俺も今、仕事終わったばっかだから!」
嘘だ。さっき、一瞬だがこいつの体に触れたとき、こいつのいつもの体温より幾分、冷たかった。おそらく、最低でも1時間前にはここにいたはずだ。
「阿近さん…もう怒ってねぇの?」
修兵は不安そうに俺の顔を見て言った。
「…怒ってねぇよ。」
躊躇いながらそう言うと、修兵の顔はたちまち安心したような顔つきになっていき、俺は大人気ねぇことやっちまったな、と後悔させられた。
「よかった、…俺さ、また阿近さんに迷惑かけたかと思って…」
修兵の黒い瞳がゆらゆらと揺れている。ああ、泣くのを我慢してんだな、そう思ったとき、無意識に俺の体は修兵を抱き締めていた。
「悪かったな…今日は。」
「…阿近さんが謝ってる…」
俺に抱きしめられながら修兵がぼそりと呟くので、俺は腕に少し力を入れて、強く抱き締めた。
「痛いよ!」
「テメェがンなこと言うからだろ。俺も自分に非があるときは謝るんだよ。」
強く抱き締めた本当の理由を知られまいと、冷静に装う。
「ハハ、変なの。…ねぇ、阿近さん……ごめんね。」
じわり、と修兵の顔がある方の肩のあたりが少し、濡れてくる。押し出すように呟いたあのセリフはきっと、俺の白衣を濡らしてしまったとか、また迷惑かけたとか、そんなんじゃないはずだ、俺は直感でそう思った。直感なんてものはあまり信じちゃいないが、このときだけは信じてしまった。
  きっと、修兵は気付いていたのかもしれない。俺の気持ちに…。
俺は夜風が少し肌寒いな、と感じながら、修兵の体を抱き締める手を離しはしなかった。

こいつの中から、あんたが消えることは絶対にないって分かった今、俺はやっぱりあんたが嫌いだ、って思った。 でもそんなことはどうでもいいんだ。 あんたが二度とこいつの目の前に現れないなら。 あんたが手を離したこいつを、空っぽだったこいつの手を握り返したのは他の誰でもねぇ、俺なんだ。 俺のすべてを奪い、こいつのすべてを奪っていったあんたにはもう俺たちはいらないだろう? 空っぽな者同士が支えあって生きていても別にテメェには関係ないだろう? だから、だから、二度と現れんじゃねぇ。こいつを狂わすんじゃねぇ。 こいつを泣かせんじゃねぇ。すべてを…奪っていくんじゃねぇ…。 俺にはこいつしかいないんだから…。





――――――
self-incompatibilityの萌絵様からいただきました。
1200切番です。
なんて中途半端な、と思わないでもなかったですが、引き受けてくださってありがとうございます。
阿近さん片思い系は好きです。
最後の一文がものすごく好き。 うん。勇気を出して頼んで良かったです
h20/6/8