『たった一人の貴方のために』

……だ……でしょう !!
――声が聞こえる
……ら嫌……です
――誰?
分か……すよ……んでしょう
――駄目だ
殺ればいいんでしょう !!
――やっちゃ駄目 !!



「っ !!」
夏の暑さを紛らわすため、クーラーがついている部屋で寝ていた綱吉は、唐突に飛び起きた。目の前で星がちかちかしているようで、軽い眩暈を覚える。体中は汗びっしょりで、着替えなければならないほどだった。
「今の、夢?」
夢だと自覚して、そしてまたか、とため息をつく。ここ一ヶ月わけの分からない夢をみる。何を見たのか覚えていない。けれど、良くない夢だったのは確かで、覚えていないのが良かったのか、悪かったのか、悩むこともしばしばだった。
「ツっ君、ご飯できたわよ」
下階からは母親が呼んでいる。一年半ぶりに帰国した最愛の息子に母親はそれはもうはりきっている。おそらくテーブルに乗り切らないほどの量が並んでいるだろう。それにこっそりと笑んで、綱吉はキッチンへと降りていった。


]]]]]


中学卒業を前に、正式にドンボンゴレになるのか問われて首肯した。どれだけ逃れようとしても、それは叶わないと、綱吉自身の超直感が告げていたのだ。中学二年から発達したこの直感力は、月日がたつごとに研ぎ澄まされていく。まあ、天上天下唯我独尊の家庭教師様の修行の成果でもあるのだろうが。
ただ、一つだけ条件をだした。

自分の回りは自分が決める。

生涯マフィアとして暮らすのだ。自分の回りにいる人物は自分が選ぶ。そうでないときっと、自分は駄目になってしまうだろうから。ぽつりぽつりと九代目に思いを伝えると、彼はゴットファザーらしい笑顔を向けてクシャリと綱吉の髪を撫でた。
「安心しなさい。守護者は君以外誰も決められない。誰も口を出すことが出来ないんだ」
 有事の際、どの幹部よりもボスの傍にいて、命を承る。守護者から告げられた命令は、ボスの命とも思え、と言われたこともあるほどの地位に守護者はいる。ドンボンゴレから守護者への信頼。守護者からドンボンゴレへの忠誠。これは誰かに言われてつく地位ではないのだ。
「だから、自分の心の赴くままに」
 綱吉が言いたかったことはそうではなかったけれど、九代目を見ていると、違うとはいえなかった。頭に過ぎる面影。けれど綱吉はそれに首を振って、思考から追い出した。
もしかしたら九代目は誰よりも、自分の心情を理解している人物なのかもしれない。ふと、綱吉はそんなことを思った。

日本で高校を卒業する年になるまでは、と九代目の計らいによって、綱吉は現在綱吉のために作られた別邸で勉強をしている。18になれば後継者として紹介されることになっていて、今はほとんどの人間が綱吉の存在を知らない。綱吉への猶予は三年だった。それは、綱吉が自由にできる最後の期間。三年。三年で綱吉は全てを決断しなければならなかったのだ。
けれど立ち止まっている時間はさらになかった。言語を始めとして時期ドンとして学ばなければならないことはたくさんあった。イタリアに来てから一年と半年近く。今はだいぶ慣れたが、当初は右も左も分からず、常にだれかがそばにいないと不安だった。本当に獄寺がいなければどうなっていたか。



獄寺隼人。彼は己の願い通り、綱吉の傍にいた。綱吉がイタリアに行くと獄寺に告げたとき、彼は一言だけ聞いた。

「連れて……行ってくれるんですか?」
 
いつものように強引に付いて行きます !! と言うと思った綱吉は言葉を発せなかった。もし、綱吉が連れて行かない、と答えたら、獄寺はそれを受け入れるのだろう。そう決意している彼の瞳を見つめて綱吉は笑った。
「俺、イタリア語、離せないんだよね」
通訳、してくれるって期待してたんだけど。その言葉に獄寺は顔を歪めて俯いた。綱吉が来ないで、と言えばそうしていた。無理やり付いていくことも可能だったが、それが綱吉の迷惑になるならば、その言葉を受け入れようと思っていたのだ。
綱吉は何も言わない。彼がどれほどその言葉を欲していたのか知っているから。
『一緒に来て欲しい』
強がっていてもその言葉が本当に欲しかったのだ。
「ありがとうございます」
聞こえないくらいの声で言葉を発する。綱吉は、お礼を言われることじゃないよー、といつもの声で答えた。