さよならさよならさよなら


自分のアパルトメントについたとき、自分の部屋から灯りが洩れているのを確認した瞬間、安堵と同時に恐怖を覚えた。
でも他に行く場所も思い当たらなくて、気がついたら部屋の扉をあけていた。
家に帰れば山本がいた。山本も自分の部屋を持っている。
けれど俺の家にいるのは付き合う前から山本が入り浸っていたからだ。
好きだと言う割には何もしないで傍にいる。
そんな山本に絆されたわけではない。けして。
多分俺が家に全然帰っていないと十代目に告げたのは山本だろう。
いつも俺が十代目からみえないところで無茶をすると十代目に伝えてそれをとめる。
昔はムカついて告げ口される度につっかかって喧嘩してたけど、今は自分が倒れては意味がないと山本が止めるまで仕事をするのが俺の基準になっていた。
多分山本は俺よりも俺のことを熟知している。
山本はいつも自分が座っているソファの隅に腰掛けていた。
山本が殺風景な俺の部屋にといつの間にか買ってきた柔らかいソファだ。
モノトーンでそろえる俺の家具の中でオレンジ色のソファは異質な色をしているが、嫌だと思ったことはない。
それはいつもの光景だったけど、どこか遠くに感じる。
「獄寺」
と山本が俺を呼んで、隣に座るように示した。
俺に向けた表情が硬い。
なんだか傍によりたくなくて、俺は向かいに立つ。
逃げたいと思ったときだった。
「別れよう。俺、もう疲れた」
俺の優秀な脳が、その言葉を理解するまでにずいぶん時間を要した。
何か言われるだろうとは思っていた。
思っていたけど別れよう、って言葉は予想外で。
否。分かっていたのかもしれない。
やっぱり、と心のどこかで思っていたけれど、口から出た言葉は正反対のものだった。
「……なん、で」
ようやく零れたのはそんな言葉で、自分は思ったよりも山本に依存しているのだと思い知らされる。
引き留めたいのに、そのために山本の目を見れば、それは不可能だと長年の付き合いから読みとれた。
それほど山本の目は真剣だったのだ。
山本のこんな真剣な目は、山本が野球をやめると言ったときと、俺を好きだと言ったときくらいしか知らない。
それほど重症なときにする目だった。
そしてそんな目を今されている、ということは、山本にとって、俺と別れたいという言葉がなによりも真剣だということに他ならない。
足元がガラガラと崩れ落ちる音がした。

「ごめん。俺、もう、お前と付き合っていけない」

俺の擦れた問いかけに答えることはなく、山本は俺に決定事項をつきつける。この状況で俺の返事なんてひとつしかない。



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P9〜11より抜粋
P84/R指定/文庫/帯付/¥700
獄寺に別れを告げた山本と、四日間の休み。