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人魚姫
車の独特の音が耳に響く。
傍にいた同盟ファミリーの幹部の娘が悲鳴を上げたのが聞こえた。
ああ、俺轢かれたのか、と山本が実感したときには、全身に痛みを感じて呻くことすらも難しかった。
『タケシ、タケシ!!』
――煩い
キンキンする声が耳についた。
山本の名前を呼んでいるようだが、それはただ煩わしいだけだった。
聞きたいのはそんな甲高い声ではない。
ではどんな声が聞きたいのか。鈍い痛みに邪魔されて分からない。
痛みで視界が真っ赤に染まる。痛む傷を押して目を開けても、先ほどまでいた大通りの町並みが見当たらない。
必死で顔を上げようとした山本は、突然暗闇に放り出された。
さっきまで大通りのカフェに向かっていたのに、その場は真っ暗で、昼間の青い空は見えない。
――ここ、どこだ。
思考はまったく働いていない。
普通ならば警戒態勢に入るのに、体中に走る痛みに指一本動かせなかった。
《――なさい》
――なんだ。
《此処に来た理由を》
視線をゆっくりと巡らせると、辺りには何もない。
意識を失ったのか、と考えたけれど、違うと思った。根拠なんてないけれど。
《忘れてしまいなさい》
ぽぅ、と山本の周りに焔が灯った。
自分が纏う青い色ではない。それは、まるで……。
『約束な』
消え行く意識の中で、最後までその言葉が離れなかった。
「フィラ、山本は!!」
知らせを受けた綱吉が、獄寺、クロームを伴ってボンゴレの息がかかっている病室にやってきたのは、日が暮れてからだった。
扉の前には山本の副官が控えていて、二人の姿を見ると頭をさげる。
「山本さんは、命に別状はありません。ただ」
命に別状はない、との言葉に二人はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、口ごもったフィラの様子に、何かあったのだと二人の表情は再び険しくなった。
「何があったんだ」
獄寺が鋭い視線を飛ばすが、フィラは言い難そうに後ろの病室に視線を向けた。
それにつられるように視線を向けた綱吉と獄寺は、近づいてきた人の気配に一歩下がる。
「ああ、ドンボンゴレ」
ゆっくりと閉じられた扉が開かれて、一人の女性が顔を出した。
その女性を見て、綱吉は優雅に礼をとる。
「ヴェニア嬢、この度はご迷惑をお掛けしまして」
綱吉と獄寺は表情を取り繕った。同盟ファミリーの幹部の娘であるヴェニアが、今回山本が事件にあった現場に出くわしたのだ。
病院に運んでくれたのも彼女で、現場にいたからか、迎えが来ても帰ろうとはしなかったらしい。
「いいえドンボンゴレ。……あのタケシが気がつきました」
「ああ、本当に貴女には頭が上がりません。なんとお礼を言えばいいのか」
「あの、お話を聞きたいとお聞きしましたが」
「ええ。事故のことを。ですが、今日はもうお帰りになられたほうがいい。もし何かあったときにはこちらに連絡を」
獄寺が綱吉の言葉に名刺を差し出す。
その名刺をヴェニアは受け取る。
綱吉の後ろにはさきほど到着したヴェニアの迎えが待っていた。
「ええ。では私はこれで」
ヴェニアが一歩引いて病室内に綱吉を通す。
そのまま礼をとって彼女が退室すると、綱吉はほっと肩の力を抜いた。
病室の真っ白なベットには一人の男が横たわっていた。
中学時代よりも精悍な体躯。
鍛えていることがわかるその体は、今は白い病院用衣服を着せられていた。
綱吉を見つけた山本は、不安そうな顔をパッと輝かせた。
「ツナ?」
けれど、それは一瞬。再び不安そうな表情をした山本は綱吉の名前を呼ぶ。
「山本? 大丈夫?」
「まったく、ふらふらしてたからだろうが。出かけるなら護衛くらい……」
ぶつぶつと獄寺が言いながらも、ほっとした表情をしたときだった。
山本のまとう雰囲気が変わった。獄寺もそれを感じて言葉を止める。
山本は不安そうな表情はそのままに、戸惑うような声を空気中に落とした。
「えっと、だれ?」
――――
P5~9より抜粋
♀獄/P82/文庫/\700
記憶を失った山本。夢に出てくる人間は誰だ。