ご主人様の言う通り
――お願いです。誰か助けて下さい。
その、声にならない声に導かれるように、その地へと降り立った。祈るように泣いていた少女は、眼を瞬かせてこちらを見上げてくる。風に煽られて髪で隠れていた入れ墨が少女の前に顕れ、そこに視線が集中したことが手に取るように分かった
。
赤毛よりもさらに紅い髪、流れる血かと見まごう炎の入れ墨。その派手な見た目に似合う紅い瞳には入れ墨と同じ炎の光が点っていた。
「紅い……魔女……」
普段は誰にも二つ名の紅い魔女だとは思わないのに、こうしたせっぱ詰まったときだけ、人間は間違えることなくその二つ名を呼ぶ。少女は怯えるように、けれど藁をも縋る思いで乞うた。
「助けて下さい。このままでは、村は全滅してしまいます」
少女の言葉を証明するように、村の方から風が吹く。その中に僅かに死臭が混じっていて、思わず眉間に皺を寄せた。
「どこだ」
「こっちです」
短い言葉をこぼせば、少女が先に立って歩き出した。
+++
リビングのソファの上でまどろんでいた銀色の猫は、ぶぉん、と音にならない音に翡翠の目を開けた。窓の外に見える木々は動いていないのに、家の至る所で家具がガタガタと音を立てる。
「移動するのか」
チリン、と鈴の音がして、声変わり前の少年の声が響いた。誰に聞かせるでもなくそう呟いた猫はソファの上に体を起こす。気持ちよく寝ようとしていたのにタイミングが悪い。尻尾がぶんぶんと猫の気持ちを現している。
気まぐれにも困ったものだ、と猫はうーんと体を伸ばしてリビングの扉が開くのを待った。しばらくして、ガチャリと扉が開く。一人の青年が姿を現した。
「お帰りG」
足下まで歩み寄ってやれば、青年が猫を抱えあげた。
「ご主人様」
Gと呼ばれたことが気に入らないのか、青年は不服そうな表情を見せる。
「はいはい、お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいまニャンデラ」
「ニャンデラ言うな」
呆れたようにそう言ってやれば、Gは満足そうに返事をする。鼻先にちぅとキスを落としてくるこの青年が、銀色の猫、ゴクデラの主だ。紅い髪、紅い瞳、そして右顔を覆う炎の入れ墨。
男でさえも見ほれる類まれなる美貌を持つこの青年は人間ではない。否、人間だったというべきか。
この世界では希に魔術師と呼ばれる人間が生まれる。人間として生を受けたはずなのに、魔力を持ってしまったが故に人と認められなくなった存在だ。
魔力は戦いや、法術や様々な特性を持ち、人間との違いを見せつける。そして一番の特徴はある程度の年齢を重ねれば外見の成長が止まり、人間の数倍生きるというところにある。
その寿命は魔力の力が大きければ多いほど延びる。それに目を付けたのは貴族や王族で、魔術師たちの多くはそういった人間に召し抱えられ、残りのものたちは逃げるように各地を転々としていた。
「あの村、長かったな」
「ああ。半年か? まぁ新しい薬の調合をしたしな」
『……大丈夫か?』
猫が口を動かすことなく訪ねた。声は空気を振るわせて響くのではない。直接頭の中に届く。猫の碧色の眼が細められた。
「何が?」
質問に質問で返した魔女に、ゴクデラはため息を一つ。けれどそれ以上は言わずに魔女の肩に飛び乗った。
「なぁG……」
「ご主人様」
魔女の名前を呼べば、間髪入れずに訂正が入る。しばしの沈黙の後、「ご主人様」と呼べば、なんだ、と機嫌のいい返事が返ってきた。
「ここはどこ?」
「前回の村から一里くらい離れた森の中だな」
Gの言葉にゴクデラはふーん、と相づちを打った。
――――
P3〜6より抜粋
G獄・雨G・山獄/54/A5/\500
魔女っこ(♂)G様とその使い魔猫のゴクデラ。魔術師雨月と使い魔の犬のヤマモトのお話。