『幼恋』

『こんにちわ』
はじめて会ったとき、その男は、屈託のない笑顔で笑った。見た目も名前も日本人だと分かるその男は、流暢なイタリア語を操っていた。その反面、幼いともいえる少女は、細い眉を寄せて男を睨みあげる。普段なら使用人でさえ怯えさせるような視線なのだが、男は気にした様子もなく少女が吸っていた煙草を取り上げた。
『ちょ、返せよ』
『いくらイタリアは規制がなくても、身体に悪いのは変わらないからな』
飄々と嘯く男に少女はふいとそっぽをむいた。やはり一般人と業界人では違う、と少女はさらに眉間に皺を寄せる。しかし、そのまま新たな煙草に手を出すことはなく、少女は大人しくソファに腰掛けた。
『これからよろしくな』
最初にそう言った男は、こうなることを予測していたのだろうか。


――――


 教室に入ってきた人間に、誰もが息を呑んだ。
肩に付くくらいの銀色の髪。目は宝石を思わせるような翡翠色。女子中学生としては十分すぎる身長に、スカートから出ている足はすらりと長い。肌も白く、どこぞのモデルかと見まがうほど。唯一の欠点といえば、胸が小さいことだろうか。 しかし中学生と考えればこれからの期待が高まる。
「イタリアからの転校生を紹介する。獄寺隼人さんだ。日本に来たばかりだから、分からないことがあったら教えてあげるように」
日本人らしくない外見なのに、黒板に書かれた名前は日本のもの。ハーフじゃないか、とクラス中がヒソヒソ囁くのを気にせず、獄寺は冷めた目でこれからクラスメートとなる人間を見ていた。ものめずらしい視線は慣れていたし、もともと誰も信じない獄寺にとって、誰が自分をどう思おうが、気にすることではなかった。獄寺は今回ドンボンゴレたってのお願いを聞いてここに来たのだ。


「君とこうして会うのは初めてだね」
「そう、ですか」
初めて会った九代目ドンボンゴレは、やさしい目をして始終和やかな雰囲気を醸し出していた。
「でも、彼から話をよく聞いていたからか、初対面のような感じがしないねえ」
「……そうでしょうか」
九代目が言う彼に心当たりがあって、獄寺は視線を手元に落とした。
家という鳥かごから、ボンゴレという別のかごに移しかえられただけだと思っていた獄寺は、そこで思いもよらぬ九代目との会合に落ち着かなかった。
何故自分がここにいるのか、取引するためには、自分ではなく父親に直接いうものではないのか、そう思っているのが分かったのか、九代目はテーブルの上に置かれていた獄寺の手を、包むように握り締めた。
「ただの同盟のために君を呼び寄せたのではないのだよ。君の年齢、能力、性格、立場。その総合で、君になら頼めると思って選んだんだ」
傍から見れば祖父と孫のような光景に、街中であれば微笑ましいと笑みがこぼれていただろう。けれどここはドンボンゴレの執務室。回りに人は居ないが、もし何かあれば即座に黒いスーツ姿の男たちが現れるのだろう。
九代目は言葉を続ける。
「私の後継候補が日本にいる。彼はまだこちらのことを何一つ知らない一般人だ。だが、そうも言っていられなくなるようでね」
傍にいてあげてほしいんだ。出来るなら助けになってやってほしい。大マフィアのドンが頭をさげてきたのを獄寺は頷くことでしか止めることは出来なかった。
「君が必要なんだ」
マフィアの娘としてではなく、獄寺自身が必要だと言ってくれた。初めて言われたその言葉に獄寺は始めて自分の意思で頭を下げたのだった。