女王様に口づけを



何処からか聞こえた音に、Gは歩みを止めた。
「G、どうかしたのか?」
隼人が立ち止まった姉に不思議そうに声を掛る。
「……音が」
「えっ?」
「音が聞こえる」
「ちょ、おい、G!!」
懐かしい音だ、とGは静止の声も聞かず、その音の聞こえる方向に足を向け歩き出した。
「音なんて、聞こえ……」
聞こえないと反論しようとした隼人の耳にもその音は届いた。かすかな音が広場の外れから聞こえてくる。護衛の男たちが顔を見合わせるが、彼らに止める権限など皆無に等しい。ただ、見失わないようについていくだけだ。
「この音。笛か」
音が段々と大きくなる。隼人は自分の記憶を掘り起こしながら、Gの後をついていく。そして同時に珍しいなと思った。
たかが笛の音に興味を持ち、道を変えるなんて今までなかった。そして気になった。その姉を惹き付ける音を誰が奏でているのだろう、と。



広場の大通りから数本外れれば、そこは酷く薄暗い場所だった。そこを迷いもなく歩くGに隼人はただ黙ってついていく。音は段々と大きくなる。それにしたがって、旋律も定かになってくる。
「故郷」
ふいにGが呟いた。
「えっ」
「この曲の名前だ。……懐かしい」
言葉どおり、懐かしそうな顔をしたGが足を速めた。するとふいに開けた場所に出る。そこで、随分前に壊れたことが分かる井戸に腰掛けて、一人の男が笛を手にしていた。男の足元にはよく似た子どもも居る。親子だろうか、と考えるほど、二人はよく似ていた。男はGたちが現れても気にした風もなく、笛を奏で続けている。
Gは足を止めて、ただ聞き入っている。この国で使う楽器とは違う、体の奥から響いてくる音。隼人もGのすぐ後ろで足を止めた。この空間を壊してはいけないような気がして、後ろの護衛たちにも止まる様に指示をだした。
音は静かにその場を支配して、表通りのざわめきが、現実離れして聞こえてくる。しばらくして男はゆっくりと笛から口を離す。思わず手を叩いたのは、隼人だけではなかった。
「言い音色だな。極東の出か?」
Gも手を叩きながら男に声をかけた。
「ありがとうございます。極東のことをご存じで?」
この世界を一枚の地図で表したとき、東の端に位置するのが極東だ。その国は海に囲まれており、多くのことは知られていない。
「昔、一度だけだが、行った事がある」
「そうですか。嬉しいですね、こんなところで祖国を知っている人に出会うなんて」
それもこんなに美人な方なんて、と男はにこりと優しい笑みを見せた。
『うげつ、またおんなのひとひっかけたの?』
足下の子どもが極東の言葉で男を見上げた。


<中略>


「おい、どこまで行くんだよ、はやと」
その声に前を歩いていた子どもは振り返った。
「おまえがいくっていいだしたんだろうが、さっさとあるけ、ばかハヤト」
「姉に向かって馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
「ばかをばかってよんでなにがわるい」
人が行き交う最中、銀髪に碧眼というよく似た姉妹は喧嘩をしながら歩みを進める。
「ぬけだすとこまではのりきだったのに、いまさらなんでめんどうくさそうなんだよ」
四歳児に追求されると、十四歳であるはずの姉はうっと言葉に詰まった。まるで何かを隠しているようで、それを目敏く察したはやとはさらに言葉を重ねた。
「なにかくしてやがる」
するどい視線に、ハヤトは観念したように頭をかきむしった。これ以上隠しても、分が悪くなるだけだ。
「姉貴たちが今日視察に行く場所が、俺たちが向かってる場所の近くなんだよ」
「はぁ? なんでそれをはやくいわねえんだ!!」
みつかったらおおごとだろうが、とはやとはハヤトを叱る。
「さっき思い出したんだからしょうがねぇじゃねーか」
「みつかったらまたおおめだまだろうが!! このばか」
「馬鹿っていうんじゃねぇ!!」
どうみても立場が逆だろう、と通りすがる人たちは思ったが、余りにも微笑ましいその姉妹喧嘩の光景に、誰もが笑いながら二人を見送る。