「一護」
仕事中、八席に呼ばれた一護は立ち上がる。
とたんに一部で会話が終わり、一部で会話が始まった。
好奇と畏怖の視線の中を黙って歩く。
他隊の模範になるべき一番隊とはいえ、避けられる人物はいる。
一護はその中でもそれが顕著だった。
「御呼びでしょうか?」
「十一番隊からの書類が遅れている。催促してきてほしい。急いでな」
その言葉に、部屋がざわめく。しかし一護は微塵も気にする様子もなく分かりました、と答えると身を翻した。
一人の隊員が八席に尋ねる。
「いいんですか八席、平隊員なんか行かせて」
「いいんだよ。見た目は悪いがれっきとした一番隊隊員だ。上官には逆らわない。きっちりと仕事をもってくるはずさ」
その言葉の中には明らかに侮蔑の言葉が混ざっている。けれど聞いた隊員は気づかない。
別の席官も続ける。
「一番隊には似合わない奴だが、使いやすい男だということは変わらない」
部屋にいる多くの隊員が頷いた。
――聞こえてるっつーの。
一番隊は模範部隊。けれどもこうした内分裂は多い。
ただ、一番隊というプライドがそれを表に出させない。
ようやく歩き出した一護は独特の髪を掻きあげ思考する。
十一番隊は戦闘部隊。書類なんて面倒、糞食らえ、という連中だ。
――さてどうやって提出してもらおうか。
と、窓から何か桃色の塊が飛び込んできた。
思わずよけると、それは廊下にきれいに着地し、こちらを見上げる。
「みかんだと思ったのに」
その台詞に一瞬顔を引きつらせかけたが、どうにかこうにか表に出さずにすんだ。
そのまま彼女にあわせてしゃがんでやる。
十一番隊副隊長・草鹿やちるは五廷のなかで一番背が低い。
「どうかなさいましたか、草鹿副隊長」
初対面の子供には不評の顔つきだが、普段からもっと強面連中に囲まれているやちるは怯えることはない。
「お腹空いたの」
大きな目を潤ませじっと見つめられて、一護は苦笑した。
「では何か食べましょうか」
そう言うとやちるは目を輝かせた。
「ほんとう!!」
「ええ。何がよろしいですか?」
優しく頷くと、やちるは小さな指を頬にあて考え込む。
「んと、んと」
それを見ていると妹がいたらこんな感じなんだろうか、と詮無いことがよぎる。
「なんでもいい!! お腹が減って動けないの!!」
そう叫ぶやちるに一護は目を見張らせると、笑って手を伸ばした。
「わかりました。では食堂に参りましょう。失礼します」
やちるを抱きかかえると、太陽の香りがした。
ふと、あることを思いついた一護はやちるに話しかける。
「草鹿副隊長、甘い物はお好きですか?」
「好きー」
くるりとした目を瞬かせて元気よく答えるやちるに一護はある提案をした。
どさり、と置かれた書類を見て、八席はおろか部屋中の隊員が目を見張った。
「以上で副官以下で裁ける書類の今月分はすべてです。隊長印の必要なものは期限までに持ってくるということですので。いかがでしょう?」
「あ、ああ構わない」
尋ねた一護に八席ははじかれたように返事をする。
「どうやったんだ?」
隊員が尋ねてきた。
いつもどれだけ言っても期限までに終わらない書類が、期限を前にして残り少数となった。
それに驚きを隠せない。
詰め寄る席官たちに、一護は哂う。
「秘密です」
これくらいの仕返しは許されるだろう。
「いっちー」
元気よく聞こえた声に、一護は振り返る。
桃色の物体が一護に向かって突進してきた。
一護はそれを難なく受け止める。
「く、草鹿副隊長!!」
他の隊員が声をあげる。
「いっちー、明日お休みなの!!」
そういうと一護は笑ってやちるの頭を撫でた。
先ほどとは打って変わって優しい笑顔。
「では、本日仕事が終われば迎えに参ります。それまで待っていてもらえますか?」
「うん!!」
元気よく返事をしたやちるはそのまま窓の枠に飛び乗った。
「いっちーいじめちゃ駄目だからね」
そういうと、窓から飛び出す。
「三席」
たまたまその場にいた三席に声をかけた一護は有無を言わせない笑顔を作ってこういった。
「明日休ませてもらいますね」
「あ、ああ。分かった」
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選択小説G
やちるを手懐けました(笑)
h20/6/4