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「いっちー、剣ちゃん」
やちるが心配そうな顔で、二人を眺めていた。
普通の隊員ならば、やちるのいる距離にいたとして、長らくその場にいることは不可能だったろう。
やちるだからこそ、その場にいて、その光景を見ることが出来たのだ。
やちるの目の前には自分の世界である男が血まみれになって立っていた。
一護は思ったとおり強かった。
剣八よりも強かった。
最初は互角、むしろ剣八の強さを疑ってはおらず、一護が剣八のいい相手になればいいいのにな、と思う程度だったのだ。
しかし、周りに誰もいなくなるととたん、彼の霊圧は考えられなくなるほど上昇した。
むき出しの闘気。解かれた刀は剣八と同じ常時開放型。
始めてみたその形状の刀は、しかし、剣八よりもよほど信頼関係を築いていた。
勝てない。素直にやちるはそう思った。
逃げろと本能は告げる。
理性は動くなと告げる。
この光景を誰も知らない。
満ち満ちた気配は剣八に似ていて、よく気配を凝らさなければ、違うとは気づかないものだった。
似せているのか、それとも本来の気配が似ているのか。
それはやちるにも判別がつかなかった。
一護は本気を出しているようには見えない。
剣八は負ける。
そう思った。
そうして笑った。
「大丈夫」
剣八はこれから強くなる。
倒れた彼を見て、その脇に佇んでいる一護を見て、やちるはそう思った。
「やちる」
草鹿副隊長、としか呼ぶことのなかった彼が、やちるの名前を呼んだ。
やちるはすぐさま飛び出した。
危険だとは思わなかった。
そんな男ではない。
いつも遠くを見ていた彼が、いつも一枚隔てたように接してきた彼が、初めてやちるに本当の顔を見せた。
すっきりした顔をしている。
「いっちー」
剣八の傍にたどりついたやちるが一護を見上げた。
一護はやちるには大きい手を頭にのせて、くしゃりとかき混ぜてくる。
「俺は行くよ」
「うん。、ねぇいっちー」
やちるは剣八の腕を取って笑う。
「また、剣ちゃんと遊んでね」
その言葉に一護は目を瞬かせ、返事をせずに消えた。
「いっちゃった。いっちー帰ってくるかな」
全てを終わらせたら帰ってくるのかな。


幼い子どもは誰よりも真実を知っていた




――――――
選択S

h22/3/6
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