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「旅禍が護廷に入ったのは、やっぱりアンタが手伝ったのか」
筒の掃除を眺めていた空鶴はかけられた声に振り返った。
「まあな。こんな面白ぇこと、見逃すはずねぇじゃねぇか」
「だよなぁ」
と一護は苦笑して、空鶴の前に一本の瓶をさしだした。
「お、気が利くねぇ」
「頼み、聞いてくれるか?」
嬉々として差し出された酒瓶を受け取った空鶴は、一護を一瞥した。
「内容によるな」
「『時が来た』」
その言葉に瓶に口をつけようとしていた空鶴はとまる。
「そう、伝えるだけでいい」
「……お前もいくのか」
空鶴の問いかけに、一護は目を閉じた。
心配そうな声音の意味を、一護は知っている。
もうこの世界では、一護の過去を知るものは僅かだ。
その僅かな人間の一人が、目の前にいる空鶴だった。
目を開けた一護は、空鶴をみやる。
そこには強い意志があった。
約束をした。
決して破らないと約束した。
だから、一護は動くのだ。
「……分かった」
一護の決意に、瓶に口付けるのをやめた空鶴は再び酒瓶に栓をして、それを先ほどまで自分が座っていた切り株の上に置いた。
そして自分は草むらに座り込むとその隣を叩いて見せた。
そこに座れという意味だ。
一護は大人しくそこに座る。
「親戚の頼みとあっちゃ断れねえな」
茶化すような空鶴に一護は微笑んだ。
その微笑を見て、空鶴は残っている手で一護の頭をぐしゃりと撫でた。
「ちょ、空鶴さん何すっ」
「お前のせいじゃないって」
ぽんぽんと頭を叩かれて、一護は思わず押し黙った。
「義兄さんも姉さんも他の人間も、誰もお前を――」
「分かってる」
空鶴の言葉を遮るように、一護は立ち上がった。
「分かってるって。……俺もう行くわ。頼んだから」
逃げるように踵を返したが、それは逃げているのではない。
構われることがなくなって久しい。
それが妙に居心地悪くて、照れくさかったのだ。
それは空鶴も分かっている。
分かっていたから空を見た。
「いい息子に育ったなぁ」
――なぁ姉上
酒瓶を月に掲げて呟いた。


――――――
選択23

h22/3/6
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