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再びざわめいた部屋の中、十番隊副隊長・松本乱菊はそっと部屋を抜け出した。
それに気づくものは、今はいない。
感だけで廊下を進むと、奥のある部屋の障子が開いていた。
月は満月で火が灯っていなくても、十分に明るい。
その光に照らされて、一つのシルエットが浮かび上がっていた。
「やっぱり、追いかけて来たんですね」
そういったのは先ほどまで宴の話題で中心になっていた人物。
「……い……ちご」
軽く酔っていたはずの思考は完全に覚醒している。
けれど、呟いた声は酔っているように揺れていた。
「どこへ行ったの?」
主語はなく、そして必要性もなかった。
「転生しました」
とまどうことなく告げられた言葉は、最初から決まっていたかのように、彼女の胸に収まった。
やはり、と思う。
分かっていたけれど、誰かにそういわれるまで認めたくはなかったのも事実で。
「あたしに一言も言わないで? そんな薄情な関係だったのかしら」
思わず責めるような口調になってしまった。
「乱菊さん」
彼は申し訳なさそうに名前を呼ぶ。
その瞳は乱菊と同じように揺れて、けれども光は強く意思をもって輝いていた。
「『ご贔屓にしてくださってありがとうございました』それから『一緒にお酒を呑みたかった』と言付を承ってます」
「そんな言葉が欲しかったわけじゃないのよ!!」
思わず叫ぶように言葉を発した。
しかし彼は静かに言葉を紡ぐだけ。
「もう一つ『また、今度会ったときに誘ってください。今度は断りませんから』だそうですよ」
乱菊を慰めるような声音ではなかったけれど、それは乱菊の心に確かに届いた。
「転生して、もう一度死んでココに来るまで生きてろって? 確かに私たちの時間は人に比べれば無限にあるわ」
声がどんどん脆くなる。涙が零れる。
「でも、私だけが分かったって意味がないのよ。あの子の魂かもしれない。でもあの子じゃないじゃない」
「乱菊さんがそう言ってくださるから、彼女は言付を残したんです」
いつか転生するから、と。だから名前は教えないんです、と。あの子はそう笑った。
笑って、でも少しだけ寂しそうに見えた。
「『置いていかれるのはつらい』って言ってたわ。でもね、『知らないまま』のほうがもっとつらいのよ」
店主と名乗った少年も。娘と呼んだ少女も。店員と呼ばれていた青年も。
丁稚と呼んでいた少年を置いて、乱菊を置いてココを去ってしまった。
「あんたはつらくないの? あんた一人置いていかれて」
「つらくなんてありませんよ」
「何故?」
「だって、『また会おう』って約束したんです」
「それだけ?」
「ええ。それだけです」
「何故、あんたは置いていかれたの?」
「……俺にはやるべきことがあるからですよ」
一護は乱菊の目を逸らさずに答えた。
沈黙がその場に落ちた。
「あんたがそう言うなら」
私も待つわ。と乱菊は艶やかに笑う。
「今度あったら怒って、それから……」
「それから?」
くすりと一護の後ろに輝く月を見上げて笑う。
――初めましてって自己紹介をするわ。
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