星屑V

「疲れた」
誰ともなしに呟いて、壁を背中に預ける
ここはどこだろう
闇雲に歩いてきたから分からない
廊下なんてどこでも同じだから、外にでないとここがどこだか分からなくなる
「いつからだっけ」
彼との関係を始めたのは
目を閉じて記憶の糸を手繰り寄せる
なんでこんなことをしているのか
女々しいけれど、今は彼以外を考えられない
考えたくはないけれど、思考が勝手に糸を手繰る
ああ、そうだ
あれは俺が護廷に入ってすぐのこと
いきなりの席官で、緊張していた俺をたまたま見かけた彼が声をかけてくれたんだ
それから仲良くなって、年も近かったし、彼もまだ副隊長じゃなかったから、よく一緒に飲んだ
酔いに酔って、気づいたら俺の部屋で二人寄り添って寝ていたっけ
そのまま関係は終わることがなく、彼が副隊長になってからも続いた
飲みに行くだけなら他の隊員もいたから、常にではなかったけれど、二人で飲んだときには必ず俺の部屋で朝を迎えた
月に何度も肌を合わせることもあれば、一年で一度もないこともあったから、彼のあの発言の後会うことがなくてもまったく気にしなかった
あのときの自分に腹が立つ
なんでもっと行動しなかったんだ、と
ずるずると壁に背を預けたまま床に座り込む
膝を抱えて思考の無限回廊に落ちたときだった
「邪魔だ、どけ」
声が、かかった
廊下は広く、邪魔にはならないはずなのに、邪魔だと言う
「気分が悪いなら、自室か四番隊にいけ」
ぶっきらぼうに低い声が体に染みていく
ゆっくりと顔を上げたら、先日の鬼がたっていた
「気分が悪いのか」
眉間に皺を寄せて彼が尋ねる
「別に」
そう言ったつもりだったのに、声が掠れていて出なかった
「邪魔だ」
もう一度言われてようやく気づく
背を預けていたのは壁じゃなくて扉
ここにはいろうとしているのなら、確かに邪魔だ
ゆるゆるとその場を退こうと立ち上がる
が、足に力が入らずに再び膝をついてしまう
はぁ、とため息が聞こえ腕が急に引っ張られた
無理矢理立たされたわけだが、相変わらず足には力がはいらない
彼が手を離せば、再び座り込んでしまうだろう
どうするのかと思えば、俺の体を担ぎ上げて、扉を開け、そのまま中に入っていった
「ちょ、ちょっと!?」
鬼は俺の言葉も無視して部屋に上がりこむ
部屋には、敷きっぱなしの布団と、大量の資料が机の上に乗って、壁際の本棚にはところ狭しと小難しい本が立ち並んでいた
彼の私室だろうか
どさり、となんの前触れもなく体を落とされる
「うわっ!!」
思わず出た声は、やっぱり上手く出なかった
落とされたところは布団の上で、彼は備え付けの簡易台所から何かを持ってきた
「……」
無言で差し出されたのは湯のみで中には透明な液体
匂いも何もなく、おそらく水だろう
だが、彼は鬼と称される男、ただの水のはずであるはずがない
技局に出されたものは(特に彼)口にするな
経験済みであるその対応を俺は忘れていない
「……」
疑わしげに視線をやると彼は眉間の皺を増やしてその湯のみに自ら口をつけた
自分で飲んで、安全だとみせるつもりなのか
だが先に解毒剤を飲んでいることもありえる
つらつらと考えていると、彼に顎をつかまれ上をむかされる
「……んぅ……」
口になにかが触れて、液体が流れ込んできた
彼に口移しで飲まされているのだと気づいた時には、すでに抵抗する術はなかった
頭は手で固定され、両手はもう片方の手で捕らえられている
「……ふっ…ん……あ」
そのまま布団に押し倒されたかと思うと、液体とは別のぬるりとしたものが入り込んでいた
「…んっ…」
逃げる舌を捕らえられ、絡められ、吸われてわずかな息継ぎが甘い声になる
どれだけ時間がたったのか分からない
数十秒だったのかもしれないし、数十分だったかもしれない
とにかく、彼が口付けをやめたときには完全に俺の息は上がっていた
「…いきなり何すんだ!!」
ようやく自由になった手を振り上げるが彼はひょい、とよけてしまう
立ち上がろうにも、さっきのとは別の意味で力が入らない
「声が出るようにしてやったのに、その言い草はねぇだろ?」
意地悪そうなその声に、ようやく声がまともに出ていることにきがついた
「だからって、口移しでなくてもいいでしょう!!」
「お前が疑って飲まねぇからだろ」
「自分の行動を振り返って、言える言葉ですか!?」
そういうと、彼は口角をあげて笑う
その笑いに嫌な予感がして、おそるおそる聞いた
「まさか、さっきのにも……」
「結果聞かせてくれや」
予感的中、毒入り水
「解毒薬は!?」
「毒じゃねぇからない」
「何、飲ましたんですか!?」
「睡眠薬と疲労回復薬と」
つらつらとあげられるのはまともなものばかり
と思ったが続く言葉に驚愕する
「ああ、あと媚薬をまぜたもの」
び、媚薬?
「はぁ? 何考えてんだアンタ。なんでんなもん入れる必要があるんだよ!!」
「面白いから」
「面白くねぇ!!」
怒鳴ると鬼はうるさそうに眉(だからないんだってば)をよせる
「泣きながら怒鳴ってもこわくねぇぞ」
「誰が泣いて……」
「じゃあその目から落ちてるのはなんだ?」
言われて手をやると、指先が濡れた
愕然と指を見やっていると、自覚したからか、座っている布団にぽたぽたと雫が落ちていく
泣いている?
俺が?
何で?
疑問が頭を駆け巡るが、突き当たる答えは一つしかない
「…っ」

後から後から涙がこぼれてきて、止めようとしてもとまらない
好きだった
誰よりも愛していた
そしてそれを伝えることを俺はしなかった
恐かったんだ
関係が終わることが
けれど、言わなかったことで別れの言葉さえ言えなかった
自分の責任

目に冷たいものが押し当てられる
視界が暗くなって側に誰かのぬくもりがあって、なんだか落ち着いた
耳元で囁かれる低い言葉
「泣け、泣いて眠っちまえ」
それが心地よくて、そのまま彼にすがって泣いた
泣き続けた


next――――――
裏になりそうだけど、書こうか悩み中
h20/3/7 25微妙に修正