選択小説H話派生阿修
お互いがお互いに
「阿近さんついたよ」
珍しく酔って喧嘩した彼を、見かねた俺が部屋に連れ帰った。
勝手知ったる他人の家で座り込んだ彼を放って置けず、布団をしいてやる。
もとい、敷きっぱなしの布団を直してやったというほうが正しい。
「ほら、布団敷いたから、俺帰るよ」
投げやりになってそのまま去ろうとするが、着物のすそを掴まれてそれは叶わなかった。
「…何?」
ため息をついて尋ねると彼は一言、水、と呟いた。
自分でやれよ、と文句を胸中で並べ台所へ向かう。
こういうとき俺はかなりあの人に甘いのだ、と自覚する。
甘えられていると感じるからだろうか。
普段の彼は俺様だが、それとは違う。『甘えられている』という感じがするのだ。
コップに注いだ水を持って引き返すと、彼はいつの間にか窓辺に座って月を眺めていた。
「阿近さん?」
「あいつな、」
唐突に振られた話。
否、彼は俺が聞いていようがいまいが関係ない、という声音だった。
ただただコップに注がれた水が溢れるようにとつとつと呟く。
「俺が会ったときからあの姿で、確か朽木隊長とも最初はあんなふうに軽口を叩いてよく喧嘩してた」
さっきの『彼』のことだと悟る。恋次が言っていたのはあながち嘘ではなかったってことか。
っていうより何で今そいつの話なんかするわけ? 意味わかんない。
胸のなかに何かが広がった。
「けどな、位が上がると同時に下官の立場をとりだした。よく、やめろって言われてたけど、今もそのまま。今じゃ、仕事中に軽口叩けるのは俺くらいだ」
そのまま彼は口を閉じ何も言う気配はない。
「なんだかなぁ」
俺がぽつりと呟いて、阿近さんの足元に座り込む。
すると、頭をがしがしと掻き回された。
「阿近さんはそんなことしないもんね」
「俺はお前みたいなガキ、敬いたくねえ」
その言葉にむっとして、もやもやした気持ちがでかくなった。
「――帰る」
もともと彼の相手をするために来たんじゃない。
恋次たちと呑んで帰るはずだったのだ。
「おい」
引きとめようとしているのか、かけられた声は少しとがめるような声音。
振り向きもせず出て行こうとしたら、手に水を持っていたのを思い出した。
「おいっ、しゅ…んぅ」
――こくん
「じゃね」
さわやかに笑い、珍しく目を見張った彼をおいて部屋を出る。
もちろん空になったコップは台所に置いてから。
人に世話をかけさせて、子ども扱いして、何より他の人の話をする彼が悪い。
次の日、十一番隊に書類を持っていった帰り道、手を引かれたと思ったら、暗闇に引きずり込まれた。
ふわりと香った良く知るタバコのにおいに内心ため息をつく。
塞がれた口内に流れ込んできたのは無味の液体。
それを大人しく飲むと、のどの奥で笑われた。
そのまま絡められ、相手が満足するまで思考は白に染まる。
息が上がってしばらくしてからようやく唇が離された。
「仕返し」
にやっ、と口角をあげて笑う阿近さんに半目で
「水でしょうね」
と尋ねると、彼にそういうことにしといてやる、と返された。最悪だ。
そのまま首筋に顔を埋めようとするもんだから、慌てて髪を引っ張ってやめさせる。
「昼間からさかんないでください、今日空けますから」
不満そうな顔に舌打ちの音。
「今日は無理」
譲歩を一刀両断されて顔が引きつった。
この俺様め。
殴ってもいい? いいよな。よし、殴る!
「開けてくるから迎えに来い。今日はお前のために時間やる」
拳を握り締めたとき、ため息とともに耳元に声を叩き込まれた。
それは夜にしか聞かないような艶のある声で、不意打ちをくらい思わず腰が砕けた。
「じゃあな」
ククク、と再び喉の奥で笑ったと思ったら部屋を出て行く。
『お前のために時間やる』って、それは俺が昨日出て行った理由を分かってるってことで……。
かああぁぁ、と体の熱があがる。
残された俺はいろんな意味でヤバくて、しばらく部屋に戻ることはできなかった。
――――――
久々の阿修です。
長編部屋の選択小説H話の番外編。
選択式自体はノーマルです。
でもせっかく二人が仲いい前提で書いたので、こっちでも。
もう少し修が我侭になる予定だったのにな。
二人は互いに主導権を奪い合っているんです。
H20.6.25